2018年、米国の生化学者ブルース・エイムズが1本の論文で新しい呼び名を提案しました。長期の健康を守る働きに必要な栄養素を、ひとまとめに「長寿ビタミン(longevity vitamin)」と呼ぼう、という提案です [1] 。候補として挙げられた栄養素は10種類あり、その筆頭に置かれたのが、きのこに含まれるエルゴチオネインでした。

2025年11月にはサプリ業界紙の見出しにもこの言葉が並び、発酵法でエルゴチオネインを作る原料メーカーが健康長寿の研究プログラムを立ち上げたと伝えられています [2] 。ただ、エイムズの論文が出したのは候補としての提案であって、栄養学の分類が変わったという話ではありません。

体では作れないのに、取り込む輸送体がある

エルゴチオネインは、硫黄を含むアミノ酸の一種です。きのこなどの菌類や、土壌中の一部の細菌だけが作れます。人も動物も作れません。

2005年、ドイツのケルン大学のグループが、SLC22A4という遺伝子から作られる膜のたんぱく質を調べました。それまで別の物質を運ぶと考えられていたこのたんぱく質が、実際に運んでいたのはエルゴチオネインだったと報告しています [3] 。

この輸送体を持つ細胞は中に高い濃度でためこみますが、持たない細胞には、この成分がほとんど取り込まれません [3] 。自分では作らない物質を、体はわざわざ細胞の中へ運び入れていることになります。同じ論文は、その目的はまだ分かっていない、とも書いています。

エルゴチオネインを取り込む輸送体を持つ細胞と、持たない細胞のちがいを示した図
エルゴチオネインを取り込む輸送体を持つ細胞と、持たない細胞のちがいを示した図

きのこの中の量は、種類によって約50倍の差がある

2017年、米ペンシルベニア州立大学のグループが食用きのこを測ったところ、エルゴチオネインは乾燥重量1gあたり0.15〜7.27mgでした [4] 。かさのほうが柄より濃く、同じマッシュルームでも3回目の収穫は1回目より多かったと報告されています。

この数字は乾燥重量あたりです。きのこは重さの大半が水なので、売り場のパックに書かれたグラム数へそのまま当てはめられません。エルゴチオネインを多く含むきのことして日本の研究で使われてきたのは、北海道で栽培されるタモギタケです [6] 。

マウスでは寿命が延びた

金沢大学らのグループは、生後7週のオスのマウスに、飲み水で1日4〜5mg/kgのエルゴチオネインを生涯与え続けました。寿命が延び、88週齢の時点で体重・脂肪量・移動の速さの落ち込みが対照群より小さく、学習と記憶の課題でも成績の下がり方がゆるやかだったと報告されています [5] 。熊本大学らはタモギタケそのものをマウスに長く食べさせ、心臓と血管の働き、運動の持続力を調べました [6] 。

体重1kgあたり4〜5mgという数字は、そのまま人の体重に掛け算できません。体が小さい動物ほど代謝が速く、同じmg/kgでも血液に残る量と時間が変わるためです。

人での試験は、19人と147人

まずは、シンガポール国立大学が行った予備試験です。軽度認知障害のある60歳以上19人に、25mg入りカプセルまたはプラセボを週3回、1年間摂取してもらいました。血球数・腎機能・肝機能の指標は、1年を通してどちらの群でも変わっていません。プラセボ群と比べると、聴覚性言語学習検査の成績が上がり、神経の損傷を示すニューロフィラメント軽鎖の値は横ばいだったと報告されています [7] 。

もう1本は、もの忘れの自覚がある55〜79歳147人に1日10mgか25mg、あるいはプラセボを16週間とってもらった試験です。あらかじめ主要な評価項目と決めていた記憶の複合スコアは、4週時点では25mg群のスコアが群内で改善しましたが、16週まで続きませんでした [8] 。副次的な項目のうち、主観的な予定の記憶と寝つきは量に応じて良くなり、25mgで統計的な差が出ています。研究資金は原料メーカーが出しており、著者の1人が同社に所属していることが論文に書かれています [8] 。

日本の「1日5mg」はどこから来た数字か

日本では2020年12月3日、エルゴチオネインを機能性関与成分とする機能性表示食品が届け出られました。届出番号はF682、1日摂取目安量は5mgです [10] 。届出表示は「抗酸化作用をもつエルゴチオネインは継続的な摂取により、中高年の方の記憶力(人や物の名前などを記憶し、後から呼び起こす能力)及び注意力(物事に対して注意を集中して持続させる能力)を維持する機能があります」となっています。

根拠区分は、最終製品を用いたヒト試験です。その試験は健康な人と軽度認知障害の人を対象に、5mg錠を1日1回・12週間とってもらったもので、金沢大学らが2024年に発表した論文が、同じ試験で採取した血清を再解析しています [9] 。血清の小胞に含まれるリン酸化TrkBというたんぱく質の比率が、エルゴチオネイン群で高かったという内容です。測っているのは血液中の指標で、脳を直接調べたものではありません。

機能性表示食品は、事業者が根拠を販売前に消費者庁へ届け出る制度です。国が個別に審査して認めた製品ではありません [11] 。届出番号が分かれば、根拠として提出された資料までデータベースでたどれます。表示の読み方は機能性表示食品の表示が2026年9月に変わりましたで整理しました。

買う前に確かめられること

  • 裏面の届出番号を控えます。番号があれば、その製品の根拠資料を消費者庁のデータベースで開けます [10] 。
  • 1日量のmgを見ます。日本の届出は5mg、海外の試験は10mgと25mgでした。それぞれ根拠となる試験や制度が異なる数字なので、多いほうが良いという読み方はできません。
  • 原材料の欄を見ると、きのこから取り出した原料か、微生物の発酵で作った原料かが分かります。きのこにアレルギーのある方は、ここで由来を確かめられます。
  • 持病のある方、薬を飲んでいる方、妊娠・授乳中の方は、利用前に医師にご相談ください。

「長寿ビタミン」は、2018年の1本の論文が付けた見出しです。売り場で手に取ったときに確かめられるのは、裏面のmgの数字と届出番号になります。

成分そのものの説明はエルゴチオネインに、人での試験の中身は年齢ともの忘れとエルゴチオネインにまとめました。